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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)414号 判決

原告 浪花企業株式会社

右代表者 深川重義

右代理人 三木通三

〈外一名〉

被告 染矢丈已 外五名

右被告等代理人 東野村彌助

〈外一名〉

右被告朝倉、高谷、松岡代理人 加藤充

主文

被告染矢及び朝倉は原告に対し各自別紙物件目録記載(1)の家屋を明け渡し、且被告染矢は昭和二十六年十月五日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金二万百五十円の、被告朝倉は昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金二千十五円の各割合による金員を支払え。

被告宝屋及び高谷は原告に対し各自別紙物件目録記載(2)の家屋を明け渡し、且被告宝屋は昭和二十六年十月五日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金二万八百円の、被告高谷は昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金二千八十円の各割合による金員を支払え。

被告松岡は原告に対し別紙物件目録記載(3)の家屋を明け渡し、且昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金二千四百七十円の割合による金員を支払え。

被告寺尾は原告に対し別紙物件目録記載(4)の家屋を明け渡し、且昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄一箇月につき金千八百八十五円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、被告染矢及び宝屋に対しては各金四十五万円、被告朝倉、高谷及び松岡に対しては各金三十万円、被告寺尾に対しては金二十五万円のいずれも担保を供するときは、仮に執行できる。

理由

被告染矢、宝屋及び訴外曽景星、黒田フサエが原告から原告主張の日時、原告主張の家屋を、原告主張の如き家屋利用料を支払う約で賃借したこと及び右家屋利用料がその後原告主張のとおり値上げされたことは当事者間に争いがない。

原告は右は期間を昭和二十五年三月末日迄と定めた一時使用のための賃貸借があると主張するに対し、被告等は期間の定めはなく、又借家法が適用せられる賃貸借であると主張して争つているので、先ずこの点を判断することとする。

家屋の賃貸借が一時使用のためのものか否かは、借家人側の事情に左右せられることが多く、又一時使用の賃貸借は一年未満の期間のものが多いけれども、必ずしもそのように限定せられるものではなく、賃貸借の動機、目的、家屋敷地の使用関係目的家屋の構造、性質、その他諸般の事情を綜合して決せらるべきことである。家屋の所有者と敷地の所有者が異なり敷地所有者が他に使用目的を有する土地を、家屋所有者において敷地所有者が右目的のため使用するに至る迄の短期間、賃貸するための店舖用仮設建物を建築所有する目的で、一時的に賃借しているため、敷地をその所有者に返還する必要上、右敷地上に仮設建物を建築した家屋所有者が永続的な賃貸借契約を締結することを欲せず、専ら一時使用のためにのみこれを賃貸する意思であつて、賃借人にもその旨を説明して諒解せしめ、賃貸借契約証書にも特にその旨を明記し、且解約権を留保してなされた家屋の賃貸借は、たとい数年間の賃貸借期間が定められてあつても、又賃貸借契約上敷地所有者よりその継続使用が許容せられたときは、その範囲内において賃貸借の更新又は継続をすることが予定せられている場合でも、一時使用のためのものと解するのを相当とする。

そこで成立に争いのない甲第一号証の一、二、四、五、第七、八号証、第十二号証の一乃至五、第十三号証、第十四号証の一乃至三、第十五号証、右第十二号証の二、三及び第十三号証により真正に成立したことが認められる同第二、三、六、九号証、第十号証(但し官公署作成部分の成立は争いがない)を綜合して考えると、

阪急(当時の商号は阪神急行電鉄株式会社)は、昭和三年頃大阪市都市計画のため、その梅田駅(梅田停留所と称していた)の東南西三方において道路沿の敷地約百五十坪を収用せられたため、同駅の待合所として使用できる面積は約三百六十坪となり、混雑するようになつたので、大阪市長に対し、本件宅地の隣地である旧曽根崎警察署跡地(現在の阪神ビル敷地)を、右収用地の代地として換地するように陳情していたが、大阪市長はこれを他に売却したのでこれが換地を受けられなかつたこと、

その後大阪市都市計画大阪駅前土地区劃整理により、阪急はその附近所有地の代地として、昭和十二年暮頃に本件宅地の仮換地を受け、昭和十五年三月十九日頃換地認可により、これが所有権を取得したこと、

これよりさきに、本件宅地は昭和十一年一月十三日大阪府令第五号により、市街地建築物法施行令第十一条の規定による第二種乃至第四種の区域に指定せられ、これが地上には、表通りに面する第二種区域に在りては十七メートル以上、裏側の第三種区域に在りては十四メートル以上、同第四種区域に在りては十一メートル以上の高層建築物にあらざれば建築が許されなく、特別の事由があるときに限り、存続期間を付して仮設建物の建築が、許可せられるに過ぎなかつたこと、

阪急は本件宅地に前記梅田駅の延長としての南駅を建設する計画を立てていたが、支那事変に続く大東亜戦争による統制で高層建築をするに足る資材を入手することが困難であつたため、右計画が実現するに至らず、その間本件宅地を板塀及び鉄条網を以て囲つて空地の侭で保管していたこと、

ところが終戦後の混乱時代になると各所で囲いを破つて本件宅地に侵入し、バラツク等を建てる第三国民等が続出し、警察等も微力でこれが取締を期待することができなく、その侭の状態で放置するときは、本件宅地全部がこれ等の者に不法占拠せられる虞れを生じたこと、

本件宅地は前記の如き事情があるので、阪急としては他に賃貸することのできない土地であつたけれども、弁護士として右の如き紛争解決の経験者であり、又阪急と以前から深い関係のある訴外深川重義より、仮設建物を建築して本件宅地を管理すれば、不法占拠の防止が容易であり、且阪急において南駅建設の見込がつき必要となり次第賃貸借期間内でも直に明渡の要求に応ずるから、臨時的な仮設建物による商店街を建築するため貸与せられたいとの懇請があつたので、阪急においては、南駅の建設迄は本件空地の必要がなく、且南駅建設のためには、それ迄本件宅地を不法占拠者から防衛して保管しておくことが、絶対に必要なことであつたため、右申出に応じて当時予想せられていた南駅建設開始の時期である昭和二十五年二月頃迄これを一時的に賃貸することになつたこと、

そこで右訴外人は阪急の現役並に追放幹部等と共に発起人となり、昭和二十二年二月五日頃右商店街の経営等を目的とする原告会社(商号は設立当時は株式会社浪花商店街であつたが約一箇月後に現在の如く変更)を設立し、これが代表取締役に就任して、同月十日頃原告会社の代表者として阪急との間に本件宅地の賃貸借契約を締結したこと、

右賃貸借につき、(1)本件宅地上に建築されるものは土壁を用いない仮設建物に限り、建物その他を設置する際は、事前にその内容を阪急に明示の上諒解を得るものとし、(2)期間は昭和二十二年二月十日より昭和二十五年二月九日迄とし、満了の三箇月前に双方協議の上更新することを得るものとする、(3)右は阪急において梅田駅建設計画を有する土地の暫定的賃貸借なるにつき、右期間内といえども、阪急において必要を生じたときは原告の責任に於て地上建物を完全に収去して明渡し、阪急の右建設計画にいささかも支障を生ぜしめないものとすることが、契約の内容として特約せられたこと、

阪急は、右賃貸借が南駅建設の障害となることをおそれ、右契約に際しては永続的な賃貸借を締結するものではないことが特に強調せられ、そのため、賃貸借契約書にも本件宅地の性質と、暫定的な賃貸借なることが明記せられており、阪急は右の如く期間中に於ける解除権を留保し、又本件宅地上の建物を仮設建築に制限した上その構造についても事前に阪急の諒解を要することとしているのであつて、(2)の更新に関する約定も更新を予約したものではなく、万一南駅の建設が予定どおり開始できない場合に備えたものであること、

原告会社は、その後阪急の諒解を得た上で、本件宅地上に間口は二間又は一間半、数戸建又は一戸建の本造片屋根スレート葺平家建(但し外観上二階建に見せるため表側上部にめくら窓を作る)の店舖用家屋を二十数棟建築して、これを被告等外数十名に賃貸したが、右家屋は二、三年間の耐久力があればよいとの請負契約により建築せられたものであつて、その基礎にも石を使用せず数枚の煉瓦を敷いた程度で、壁も請負契約では板張となつていたものを請負人が勝手に隣家間の境界等を土壁にした外は全部板張とした全くバラツク式の仮設建物であつたところ、賃借人等においてその後これを別紙物件目録の如く二階建に増改築したこと。

右家屋の賃貸借(本件賃貸借はその一部)は、いずれも原告会社で印刷した同一様式の用紙により契約書を作成して締結されたものであり、賃貸借期間は契約の時期に拘らずいずれも昭和二十五年三月末日迄と定められたが、右契約書には、(1)期間満了の際、阪急より敷地の継続使用を許容されたときはその範囲内で賃貸借契約を更新又は継続することがある(第六条)、(2)契約の更新又は継続は必ず書面による合意を要し、単に期間満了後引続き家屋を使用する事実だけでは契約の更新又は継続とは認めない(第七条)、(3)期間満了前にあつてもやむを得ざる事情ができたときは、原告会社は一箇月の予告期間を置いて賃借人に明渡を要求することができる。(第五条二項)、(4)家屋の敷地は阪急の所有であつて、阪急は他に使用の目的があつたものを原告会社の懇請によつて特に一時貸与を許容せられたものであるから、賃借人はその趣旨をよく諒承して、阪急から要求があつたときは期間内であつても速かに目的家屋を明け渡して、阪急の事業に支障を生ぜしめないことを確約する(第十八条)、(5)賃借人が明渡を遅滞したときは約定家屋利用料の十倍に相当する損害金を支払う(第十七条)旨の特約条項が明記せられてあり、原告会社は賃貸に際し賃借人に契約書を渡して通読させ、その内容を説明して賃借人に諒解させた上で、契約を締結したこと。

その後昭和二十三年六月頃前記梅田駅南正面の南北通路が一般の通行禁止となり、国鉄大阪駅の乗降客が右梅田駅の構内を通過して混雑が一層甚しくなつたので、南駅建設の必要性が更に増大し、阪急では大阪府に対し同駅建築出願の接渉をしていたが、資材等の見通しもつくようになつたので、昭和二十六年七月正式にこれが出願をし、同年八月に建築が許可せられたこと、が認められる。乙第二号証の三、五証人吉田照顕及び崔竜鶴の各尋問調書及び被告染矢丈已本人尋問の結果中の右認定に反する供述部分は前記の証拠と対比して信用できなく、他に右認定を覆すに足る証拠がない。そして右認定の事実によると本件各家屋の賃貸借は原告主張の如く一時使用のためのものなることが明らかである。

しかるに原告が昭和二十五年二月頃以降被告染矢、宝屋及び訴外曽、黒田に対し再三に亘り賃貸家屋の明渡を要求し、昭和二十六年三月頃更に同人等に対し同年九月末日限り賃貸家屋を明け渡すように催告した旨の原告の主張事実は被告等において明らかに争わないところであるから、本件各賃貸借は昭和二十五年三月末日の期間満了と共に終了し、前記被告等は原告に対しすくなくとも右猶予期限である昭和二十六年九月末日迄に右賃借家屋を明け渡すべき義務があつたものといわなければならない。

被告朝倉は昭和二十五年十月頃被告染矢から原告主張(1)の家屋を転借し、これに居住して特殊飲食店を経営していることは当事者間に争いがないところであるが、右転貸借につき原告の承認を得たとの被告の主張事実はこれに照応する被告染矢丈已本人尋問の結果は前記甲第十二号証の四同第十三号証と対比して信用できなく、他に右事実を認めるに足る証拠はなく、証人斧田平一郎及び高谷実の各証言によると被告高谷は被告宝屋から原告主張の(2)の家屋における飲食店の経営を任されているものではあるが、同被告の単なる占有の補助者に過ぎないものではなく、右家屋で経営する酒場「ルールマン」の営業名義人として昭和二十五年十二月以降右家屋を直接占有していることが認められるが、右につき原告の承諾があつたとの被告の主張事実はこれを認めるに足る証拠がなく、又、被告松岡が昭和二十六年五月二十日頃訴外曽から原告主張の(3)の家屋の賃借権の譲渡を受けてこれを占有している事実も当事者間に争いのないところであるが、右賃借権の譲渡につき原告の承諾を得たとの被告の主張事実もこれに照応する証人曽景の証言及び被告松岡初子本人尋問の結果は前記甲第十二号証の四、同第十三号証と対比して信用できなく他に右事実を認めるに足る証拠がない。更に被告寺尾が昭和二十四年十二月訴外黒田から原告主張の(4)の家屋を転借してこれを占有していることも当事者間に争いがない。しかるに、前記の如く本件各賃貸借が終了したのに拘らず、被告等において本件各家屋を占有するにつき、これが所有者たる原告に対抗できる権限があることについては他に何等の主張立証がない。

しからば被告染矢及び朝倉に対しては前記(1)の家屋の明渡を求めると共に、被告染矢に対し本件賃貸借終了の後である昭和二十六年十月五日以降右明渡済に至る迄の前記家屋利用料の十倍に相当する一箇月につき金二万百五十円の割合による約定損害金の、被告朝倉に対し本件訴状送達の翌日である昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄前記家屋利用料相当の一箇月につき金二千十五円の割合による損害金の各支払を求め、被告宝屋及び高谷に対しては前記(2)の家屋の明渡を求めると共に、被告宝屋に対し本件賃貸借終了の後である昭和二十六年十月五日以降右明渡済に至る迄前記家屋利用料の十倍に相当する一箇月につき金二万八百円の割合による約定損害金の、被告高谷に対し本件訴状送達の翌日である昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄前記家屋利用料相当の一箇月につき金二千八十円の割合による損害金の各支払を求め、被告松岡に対しては前記(3)の家屋の明渡並に本件訴状送達の翌日である昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄前記家屋利用料相当の一箇月につき金二千四百七十円の割合による損害金の支払を求め、又被告寺尾に対しては前記(4)の家屋の明渡並に本件訴状送達の翌日である昭和二十七年二月二十三日以降右明渡済に至る迄前記家屋利用料相当の一箇月につき金千八百八十五円の割合による損害金の支払を求める原告の本訴請求は他の争点に対する判断を待つ迄もなく正当であつて、これを認容すべきである。

右の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚郎 白須賀佳男)

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